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2010年3月16日

イノベーションメモ: 医薬品マーケティングのパフォーマンス戦略

"The sky is falling!"~危機に直面した医薬品業界!

大手製薬会社は、ブロックバスター(超大型新薬)のビジネスモデルの崩壊に苦しんでいます。開発される新薬のうち投資を回収できるものは10のうち3つあればいい方で、それらが収益のすべてを担うという事態が長く続いています。現在、製薬業界ではR&D投資に対するROIの低さ、ブロックバスター開発への見込薄、特許切れの問題が世界的に見られ、事態に拍車をかけています。

将来性に不安を感じた大手製薬会社は、全世界的な整理や統合、過激なコスト削減を実施していますが、こうしたアクションは新しい環境に対応するビジネスモデルの明確なビジョンを伴わないため、その場しのぎの「生き残り術」のように見えます。

本稿の視点

ここに掲載する見解は、顧客嗜好の変化を反映したプロダクト・ミックス(商品構成)の変化によるマーケティング戦略への影響について述べています。この見解は日本で国際的製薬会社のマルチチャネル・マーケティング戦略の策定を目指したプロジェクトの初期段階に携わった経験から導き出したものです。

プロジェクトでは様々なパイロットプログラムを実施し、素晴らしい結果と安定したROIを実現することができました。このきっかけは、ある役員からの「この業績をもってしても、すべて販売活動においてマルチチャネル・プログラムのさらなる活用に対する需要がそれほどなかったのは何故なのか?」との問いかけでした。

簡単に言うと、その答えは変化を好まない企業体質により、新しい手法の採用には役員たちが望むペースよりもはるかに時間がかかるためです。また、日本の製薬オペレーションの緊急性が低いことも理由のひとつです。欧米に比べ新薬承認までの期間が平均して5年余分にかかる日本において、中期のパイプライン予測はそれほど急を要するものではないからです。

ある中期戦略予測では、新薬の承認見込みによる急激な売上増を見せていました。しかしオペレーション予測をよく見てみますと、文化や現地の問題を超えた根本的なパフォーマンスの問題が浮き彫りになりました。マルチチャネル・マーケティングへの対応の遅れは業界全体の状況を表していると見る向きもあります。

対策の必要性

医薬品マーケティング予算の大部分は、フィールドセールス部隊であるメディカル・レプリゼンティティブ(MR~医薬情報担当者)に充てられます。新しい大型新薬がなければ商品ポートフォリオ・ミックスは次第に縮小し、より特殊な医薬品に集中していきます。少量生産の商品が増加すると現場主義のマーケティング・アプローチを続けていくことは困難になります。

そのため、前述の戦略予測を達成するにはセールス・フォース・エフィシエンシー(SFE)を倍増させなければなりません。ポートフォリオ・ミックスの変更による販売能力の低下、大幅改善の必要性、タイムフレームの急速な短縮などを考慮すると、組織的な効率性の向上はほとんど見込めません。

よりコスト効率が高く、効果的なマーケティング・アプローチへの必要性の高まりは、企業内の戦略的変化を後押しする大きな力となります。顧客(医師など)の嗜好の急激な変化という顧客中心の観点からも、その必要性が浮き彫りになっています。

MRと医師の面会時間の減少や多忙を極める医師に面会できないケースの増加が多く報告されています。販売力の効率性が低下した大きな要因は、インターネット時代の到来でMRの関与度が低下したことにあります。世界的な流れと同様、日本の医師はインターネットでの情報収集を一番の情報源として挙げています。

医師の行動にみられる急速な変化 (日本において、インターネットが処方に与える影響が増している)

基本的なポートフォリオ・ミックスのトレンドと顧客プロファイルの変化は日本に限らず世界的に見られるものです。大手製薬会社のソリューション・フレームワークでは、内部的にはSFEの改善、外部的には直接顧客(医師)が求める医薬品情報やサービスへの柔軟なアクセスに対処しなければなりません。上図の統計データサンプルでは、嗜好性と有効性をベースにしたマルチチャネル・ソリューションが有効であることを示しています。

マルチチャネル・マーケティングROI

マルチチャネル・マーケティングとは、一言で言うと、すべてのチャネルを横断する統合マーケティング・コミュニケーションです。第一段階では、営業とデジタル・メディアの効果的なミックスによる効率性の実現を目指します。下のグラフのモデルでは、環境の変化に対応するために必要な費用効率をマルチチャネルでどのように実現するかを示しています。

MR担当者の費用曲線は、ターゲット顧客のコンタクトベースの拡大に伴い上昇しています。どのプランにせよ、医師との接触時間もしくは接触回数を増やすと人件費が飛躍的に増加する傾向にあります。一方、固定費が大半を占めるデジタル・メディアでは、アクセスが増加するにつれ(費用効率が改善され)費用曲線が下がります。このことから見てもおわかりの通り、バランスの取れたマルチチャネル・マーケティングの導入により効率性と高ROIを実現することができるのです。

SFEビジョンにはマルチチャネル戦略が必要

改革へのハードル

上のグラフが示すように、SFEビジョンを達成するにはマーケティング・ビジネスモデルの変革が必要です。劇的な成功への必須条件は変革の範囲を明確に認識することです。

まず初めに、業界全体に広がる組織的な偏りを認識しなければなりません。一般的に製薬会社は他の業界と比べて「back-to-front」であると言われています。

他業界、特に消費者志向の業界においてはマーケティング主導型を採用していますが、製薬会社においては営業活動が中心で、マーケティングはサポート的な役割となっています。日本では、マーケティング要員として採用されたMBA保持者が通常約2年、フィールドMRを経験しなければならないということで営業活動への偏りがさらに顕著に見られます。

第二に、マルチチャネルは多重チャネルとは異なるという認識。国際的な大手製薬会社はマーケティング予算の10%をデジタルチャネルに費やし、効率性を改善するために関連プログラムをたくさん実施していると言われています。しかしこうしたものは、より多重チャネル的な取り組みであり「すべてのものを、すべての人に、いつ何時でも」というわなにはまってしまいがちです。

マルチチャネルの原則は高価値顧客層に焦点を絞ることであり、マルチチャネルを介した相互交流が顧客エンゲージメントを高める重要な要素になるということです。マーケティング主導型の場合、まず初めに「どの顧客と、どのような会話をしたいのか?」、次に「どのチャネルが最も適切であるか?」を考えます。

このためマルチチャネル戦略において、異なるビジネスモデルとバリュー・プロポジション(顧客の視点に立った価値の提案)を一致させることが最大のハードルとなります。変革の取り組みを戦略的に実施するにはマーケティング関連のすべてのエリアに対し、それぞれ異なったビジネス目標とパフォーマンス評価指標を設定する必要があります。

多重チャネルと異なるマルチチャンネル指向

戦略的イノベーションへの課題

他業界との関連で幅広い観点から見てみると、大手製薬会社は現在、典型的な改革サイクルに入っていると言えるかもしれません。例えばテクノロジー製品の一般的な開発パターンは、ハードウェアからソフトウェア、統合型ソリューションからサービスへとなっています。この観点から、医薬品マーケティング改革の課題は商品を勧めることから新しい「サービス」モデルを通じて顧客を引っ張ってくることに焦点を移すことだと言えるでしょう。

バリュー・プロポジションを大きな視点から見直すことがマルチチャネルによる新しい売上/転換モデルとマーケティング・プログラム計画の開発につながります。以下の2つの視点からのアプローチが可能です。

  • 戦略的:新規フォーカスと評価指標をベースにしたパフォーマンス管理
  • 戦術的:新規マーケティング戦略ノート(テンプレート)をベースにしたマルチチャネル統合型マーケティング

どちらも従来の考え方とは異なる、総合的な戦略的視点を伴った顧客中心(アウトサイド・イン)のものでなければなりません。しかし、戦術的な面を重視しすぎてしまうと、前出の役員のように変化のスピードが遅いと感じることになるでしょう。

急速な変革は、たいてい「バーニング・プラットフォーム(危機に直面した状態)」になって初めて実現されます。思い切った変化が生き残る唯一の道であることが明らかとなったときに実現されるのです。バーニング・プラットフォームの兆候はますます明確になってきていますが、医薬業界、特に日本においてマーケティングの変革を実施する機会があることが十分に認識されているかについては疑問が残ります。この業界動向を見るためにも、今後数年間、興味深くフォローしていきたいと思います。

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